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2005年 10月 6日
■ ロンドン拠点 オペラも現代音楽も ■
ロンドンを拠点に、さまざまな場で、オペラや現代音楽などを歌い続ける。
昨年はイタリアの歌劇団によるオペラ「蝶々夫人」にスズキ役で出演。欧州10か国を巡演するなど大舞台も踏んだ。
毎月第3日曜日には、ロンドンの日本食レストランで開かれるコンサートにも出演する。クラシックの名曲や「ふるさと」「荒城の月」など懐かしい日本の曲を歌い、英国人からも好評を得ている。
「オペラに限らず、いろいろなものを歌ってみたい。自分の可能性に挑戦したい。要は欲ばりなんですよね、あははは」とよく通る声で高らかに笑う。
回り道もした。「ここ3年で、ようやくスタートラインに立てた。困難もあったし、ずいぶん遠回りもしましたよ」と振り返る。
声楽を始めたのは幼年時代からだ。「成長する過程で心の支えになれば」と母のすすめで、世界児童合唱連盟日本支部のオーディションを受けた。「声の幅が広いから可能性がある」と、入団が決まった。
中学時代、オペラ「トスカ」を見た。3大テノールの一人ホセ・カレーラスに強い衝撃を受けた。「この声をずっと聴いていたいと思いました」
音楽の勉強に反対していた父を説得し、東京の音楽大学に入学。オペラの本場イタリアに行く夢が膨らんだ。だが、父は卒業前に倒れ、数ヵ月後に亡くなった。
大学卒業後は、実家で母や弟の手伝いをしていた。そんなある日、母が言った。「あなたがいてくれた私は助かるわ。でも、これで一生を終えていいの?行くなら今よ」
その翌月に渡英した。国際的な歌手を目指すなら、英語の習得が不可欠と考えたからだ。
ロンドンに到着すると、かたっぱしからクラシックコンサート会場に通った。師となる音楽家を求めて、ロイヤル・オペラハウスの楽屋を訪ね、「先生を紹介してくれませんか」と頼んだこともある。
練習を重ねたが、伸び悩んだ時期もあった。そんなとき、「あなたの声はソプラノではなく、メゾソプラノではないのか」と指摘を受けた。ショックだった。声楽を始めて十数年以上、ソプラノ歌手としてトレーニングを積んできただけに、暗中模索の日々が続いた。
「これではだめになる」。限界を感じ、それまで歌ったことのないメゾソプラノやアルトの曲を歌ってみた。意外にも声が響いた。違和感のない自分の声に初めて出会えた気がした。
それからは、メゾソプラノの曲や発声法を学ぶかたわら、ダンスや演技レッスンにも通い始めた。
若手作曲家ドミニク・スウェルさんと出会ったことも大きな転機になった。
意気投合し、スウェルさんが書き下ろした曲をステージで歌うようになった。スウェルさんが心血を注いで生んだ曲を、大切に育てて歌う…。そんなコンサートを数年続けている。
これまで、5回のコンサートを開き、レパートリーも12曲になった。来年3月にはスウェルさんら若手作曲家の作品を演奏するコンサートで歌う予定だ。
「現代に活躍する作曲家の新しい作品に挑む醍醐味を知りました。若手にもいい作曲家はたくさんいる。でも現代音楽の作品を演奏するコンサートはまだ少ない。私が取り上げることで、いい作品をどんどん世に出していきたい」。自分の声で語る意欲は限りない。(ロンドン 鈴木透子、写真は坂佳樹氏提供)